【ブルガリア】ピリン国立公園にあるヴィフレン山へ日帰りトレッキング!
こんばんは、DAIです!
簡単に説明すると、
(To put it simply,)
ピリン国立公園でトレッキングするため、麓にある町バンスコへ
(To Bansko, a town at the foot of Pirin National Park for trekking)
厳つい山「ヴィフレン」を登ってきた
(I hit the top of the rugged mountain " ihren")
2019年10月8日(日本時間より7時間遅れ)にブルガリアの首都ソフィアから約4時間かけて南西部の町バンスコへ。
目的は、バンスコ南部に位置するピリン国立公園のトレッキング!!
ソフィアからバンスコへ
バンスコ行きのバスターミナルは、中央バスターミナルではなく西バスターミナルという情報を得たので、4番のトラムに乗って向かう。宿泊したホステルのスタッフの情報によると、12時頃に出発するとのことだったので少し早めにバスターミナルに到着。
時刻表を見て愕然。バンスコ行きのバスが14時半と16時半の2本しかない…
うそぉ。スタッフ大ウソつきやん!
途方に暮れかけていると、一台のバンが駐車場に停車。
フロントガラスに表示してある行き先を確認したらBansko(バンスコ)に似た表記が。ということでドライバーのおいちゃんに確認。
- ボ「バンスコに行きますか?」
- ド「バンスコバンスコ!」
- ボ「ホントに!?」
- ド「バンスコ!」
しかも出発時間は11時50分!スタッフの情報は間違ってなかった!疑ってすみませんでした。
というわけで、運賃15レフ(約900円)を支払って幸先よく出発!※2019.10.08の為替レート
情報収集してトレッキングルート作成
出発して約4時間後の16時にバンスコのバスターミナルに到着。
次の目的地のバスを確認しようと、窓口のおいちゃんに色々尋ねてみるもまず英語が通じない、英語表記の時刻表もない。そしておいちゃんが取り合ってくれない。何とかなるだろうと思い、バンスコの中心地へ。
バンスコは伝統的な古民家が建ち並んでいて、歩いていてなかなか楽しかった!メインの通りを折れると好奇心を湧かせるような小道が結構あって、石畳の地面が壁にまで浸食したかのような道になっている。
マチュピチュの麓にあるクスコという町をもっと田舎にしたような街並みだった!
メインの広場にあるツーリストセンターで、英語が堪能なお姉さんにピリン国立公園のトレッキングのルートやバスターミナルの情報を聞く。一つずつ丁寧に教えてくれたので、バンスコを訪れる際はツーリストセンターで話を聞くことをおススメします!
それを踏まえ、トレッキングルートを作成。
- ①標高1600m付近までゴンドラで行く
- ②オコト湖
- ③ヴィフレン山
ざっくりとこんな感じ。歩行距離は約10km、アップダウンは約1,300mと厳しいルートになってしまったけど、なんとか日帰りできるルート。
ちなみに、この時期のゴンドラは8時と16時の2本しか稼働していない。この時間を逃すと必然的に徒歩になってしまうので、そこだけ注意しよ!!
そして、今回トレッキングするヴィフレン山を含むピリン国立公園は世界遺産に登録されている。ということで、訪れた世界遺産の数はこれで65件目!!
世界遺産の基本情報
登録基準の詳細はこちらをご参考ください
町からゴンドラリフトへ
7時半、ホステルを出発。
山に囲まれているので町に日が差し込んでいなかった。なので寒い。代わりに遠くに見える山が燃えているように太陽を浴びている。
7時50分にゴンドラ前に到着。人は数える人しかおらず、その中の半数はゴンドラの管理人やトレッキング中にある小さな店の店主。
ここでチケットを購入。ここで往復のゴンドラ代を払ってもよかったけど、片道20レフ(約1,200円)という値段に引いてしまい、片道チケットのみ購入。
帰りは徒歩にしようかな…
8時にゴンドラ稼働。この人数なのでゴンドラ一台を独り占め!!
ゴンドラリフトからオコト湖へ
30分後、ゴンドラ終着点に到着。
すぐに出発しようと思ったけど、ここでまさかの地図アプリのバグ!!!
色々やってはみたけど修復できず。でもツーリストセンターでもらった地図を持ってきていたのが何よりの救い。昨日立ち寄ってホントに良かった!!
9時にゴンドラ終着点を出発しトレッキング開始!
しかし、スタートからずっと舗装された道を進む。しかもほとんど坂もなく、平坦な道が続く。
日も上がってきて、影っていた山々が見えてくる。山の頂上付近はゴツゴツしている。
そして、絶好のトレッキング日和!!
9時45分に小さな店が建ち並んでいる場所へ到着。
食料と水分は昨日のうちに調達しているので、スルーして先を進む。
舗装された道ばっかりだったけど、ようやくトレッキングらしい道になってきた!でも傾斜は変わらず、ほとんど平坦。
ゴールまで約1300mの高さを上らないといけないのに、このままだと後半の道がかなり急でしんどいことが考えられる。少しでも良いから上らせてくれ…
10時20分に大きな建物がある場所に到着。このあたりの標高は約1.900m。
駐車場にはいくつか車が停まっていて、ここからトレッキングをスタートする人が多かった。地元の人かな。
時間が押しているので休憩することなく先へ進む。
ヴィフレン山が先に見えている山ではないことに気づいたときは愕然とした。今日中にあれより高い山に上れるのか…
この辺りから広大な自然を見ながら本格的なトレッキング。10月だけど、周りには濃い緑の木々や植物が生い茂っている。
のどかな景色!
もしテントを持ってきていたら一泊したいくらい。まだまだピクニック気分!
オコト湖からヴィフレン山へ
10時50分にオコト湖に到着。
かなり小さな湖だったけど、湖に反射した自然の景色がめちゃくちゃ良かった!ここには人もいなかったし、こんなに良い景色を貸し切り状態で見れるなんてスゴく贅沢!!
湖を眺めながら軽食をとって、11時20分にヴィフレン山へ向けて再出発。
道が大きく変わり、大きな岩の道を上っていく。
町がある方を見てみると雲がかかっていて何も見えない。でも自分が今まるで空高い場所にいるような感覚が味わえてテンションが高まる!
しかし遂に、これまで楽してきた負債がまわってきた…
ヴィフレン山まであと3.5kmの距離なのに高さが900mもある。ここからずっと急な上り坂が続く。
テンションが一気に急降下…
30分歩いても見ている景色がほとんど変わらない。
進んでいる感じがしないのが精神的に一番しんどい。ゴールが見えるのは嬉しいけど、そこまでの高さが高さなのでネガティブ思考になっていく。
上ってきた道を見てみる。視界が開けてかなり上っては来ているけど、左にあるヴィフレン山の頂上はまだ先。
ようやく見えてきたヴィフレン山の頂上。めっちゃ厳つい!!
傾斜が急なので、ヴィフレン山を目掛けて直線上を進むのは無謀。なので迂回するような形で徐々に近づいていく。それでも道は急!!
ホントに時間が押していたので途中から本来の道をそれて、ギリギリ自力で上れそうな道を開拓。四足歩行のような格好でよじ登っていく。今思えばかなり無茶したな…笑
登りきって久しぶりの平坦な道。ゴールは目の前にあるけど、まだ上らなきゃいけない雰囲気がビンビン伝わってくる。
標高も高くなってきたので寒さが増してくる。
さらに傾斜は急になり、足元がどんどん歩きにくくなっていく。下を見ると足が震えるくらい怖くて、ゴールが近いことの嬉しさよりも、帰りにこの道を通らなきゃいけないことの不安の方が圧倒的に大きい…!
うっすら見えていた通り道もすぐに失って、道関係なく頂上を目指すことにする。
絶対あれゴールや!!!
ブルガリアの国旗が「おーい!」って呼んでいるかのように旗めいている。そう、風が強くてめっちゃ寒い!!笑
ヴィフレン山登頂、そして下山
トレッキングスタートから4時間15分後の13時15分、遂に登頂!!
山頂には木々や植物はなく、ゴツゴツした岩で形成されている。
どこを見ても素晴らしい景色が広がっていて、疲れているのを忘れて色んなところを歩き回る。
雲がかなり下の方にある。
山頂の端の方は、地面に砂利が敷いてあるかのように滑りやすいので転落しないように眺める。この傾斜だと、一回でも転げ落ちたら麓まで起き上がれないだろうな…
遠くにはオコト湖よりも規模の大きい湖も見える。回りの緑は生えているというよりも、苔のように地面に張り付いているように見えて珍しい景観!
この時点で帰りのゴンドラに乗るのは諦め、のんびりしながらランチタイム。パンとバナナとリンゴだけど登頂した後の食事はなんでも美味い!!笑
13時45分に下山開始。
山頂付近の下山道で何回滑ったことか。おかげで靴と手がボロボロ…
そこを超えると、これまで坂道が楽に感じてきた。午前中に影っていた山が午後になるとよく見えて下山も最高!
けど、時間が時間なので猛スピードで下っていく。
16時半にゴンドラ終着点に到着。稼働時間の16時には間に合わず、徒歩で下山することに。
どんな道かワクワクしたのはほんの一瞬だった。スキーコースをただただ下っていくだけでかなり退屈、作業のように進んでいく。
そして18時、ついにゴンドラの出発地点に到着!!今回の成果は、
- トレッキング時間:約9時間(休憩1時間)
- 歩行距離:約30km
- 上り:約1,300m
- 下り:約2,000m
この日の夜は良く寝れました!!
ではまた!
【トルコ】フェリーでオスマン帝国発祥の地ブルサへ!
こんばんは、DAIです!
簡単に説明すると、
(To put it simply,)
オスマン帝国発祥の地と言われいる町ブルサへ
(To Bursa, a town that is said to the origin of Ottoman Empire)
教会の中に噴水があった!
(I was surprised that there is a fountain in the church)
2019年10月2日(日本時間より6時間遅れ)にイスタンブールから約2時間かけて古都ブルサへ。
イスタンブールからブルサへの移動手段はバスかフェリーがある。宿泊していた宿がフェリー乗り場から近かったので、フェリーを選択!
ブルサ行きのフェリー乗り場
IDOというフェリー会社のフェリーに乗船するため、Yenikapi(イェニカピ)という港へ。カタカナ表記が合ってるかはわからない…
ネットでチケットの予約ができるらしいけど、ブルサで一泊する予定なのでのんびりと現地でチケットを購入することに。
10時半にフェリー乗り場に到着して窓口で出航時間を尋ねると、次の時間は12時10分。もう少し早く来て入ればその前の便に乗れたらしいけど、それはしょうがない。
ということで、行きは12時10分にYenikapi発、帰りは翌日の16時にBursah発の往復フェリーチケットを購入。料金は80リラ(約1,500円)。おそらく、ここで往復チケットを購入した方が良さそう。※2019.10.02の為替レート
後述しますが、ボクは帰りのフェリーに乗り遅れてブルサで再度チケットを購入することに。その際、49リラ(約920円)追加で払いました。しかも乗る便によっては、さらに高額のもあったり。この辺りはIDOのウェブサイトで事前に確認した方がよさそう。
出航10分前にフェリーが到着。ターミナルの待合室で待機していた人たちが一斉に乗船していく。
チケットを購入するときに座席は決められているので、バーゲンセールのように急ぐ必要もない。
これは帰りの便の船内。Wifiはなかったけど、飲み物や軽食を買うブースがあったりと意外と快適!
ちなみに行きの便は少しコンパクトなフェリーで机はなく座席のみ。通路側にバックパック置いていたら、通る人の何人かに蹴られるほど…!
フェリー乗り場からブルサ市街地へ
約2時間の船旅を終え、ブルサの港へ到着。みんなと同じ方向に歩けば、黄色いバスを発見できるのでそれに乗って市街地方面へ向かうことに。
その前にバス停付近にあるキオスクみたいな場所で公共交通機関に乗るためのICカードを購入。イスタンブールのICカードはブルサじゃ使えないそう。
- ボ「カードいくらですか?」
- 店「8リラ(約150円)だ」
- 店「いくらチャージしておく?」
- ボ「(よくわからんけど)12リラ(約230円)で」
そして、無事購入。デザインからして古都の雰囲気が出てる。
日本のカードも、企業のカラーを出すんじゃなくて雷門とか桜とか日本をイメージしたデザインにすれば良いのに…
バスに乗車!と思ったら、横から出てきたドルムシュの運転手に「これも今からブルサに行くよ」と声を掛けられた。すぐに出るのなら、とそっちに浮気。料金は現金で3.5リラ(約70円)。
ちなみにバスもドルムシュも市街地までは行かない。Emek(エメック)というトラムの駅前で下車し、トラムに乗り換えて市街地へ向かうという少し手間な移動。
なのでブルサの市街地まで行くのには全体で約3時間かかる…
オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク
ようやくブルサ市街地へ到着。
ちなみに、ブルサは歴史上で最も大きな帝国の一つオスマン帝国(オスマントルコ)の発祥地とされていて、1326年にはブルサを首都に定めている。
今日でも、その面影を残す建物や街並みを見ることができる。
また、ブルサから少し離れたジュマルクズクという村にはオスマン帝国時代の伝統的な民家が残っている。そして今も観光業を中心に人々がそこで生活している。
この2つの地域は、オスマン帝国時代の繁栄を証明する場所として1つの世界遺産に登録されている。というわけで、ボクが訪れた世界遺産の数はこれで61件目!!
世界遺産の基本情報
登録基準の詳細はこちらをご参考ください
ブルサ
大通り裏の街並み。オスマン時代を象徴する黄色い外観と現代の建物が混在している。もう少し歴史的な町並みを想像していたけど、それは違ったみたい。
この辺りはレストランが並んでいて、多くのお店がBursa Kebabi(ブルサケバブ)という料理をアピールしている。気になったので注文してみる。料金は20リラ(約380円)。
これがブルサケバブ!
肉の下にはパンが敷かれていて、普通のケバブの肉とパンの割合を逆転させた感じ。バターソースをベースに少しトマトソースも混ざっている味。横にあるトルコヨーグルトと一緒に食べてもOK、胃がもたれてきたらヨーグルトにエスケープしてもOK。
めったに料理について紹介はしないけど、なぜ今回に限ってしたかと言うと、旅中に食べてきたローカルフードの中で一番美味かったから!!
ちなみにこれまでの一位は、中央アジアで15回は食べたラグマンという麺料理でした!
数百メートルある町のアーケード。衣類や装飾品、雑貨など色んなものが売ってあって、日本の地方都市にもありそうな光景。
頭上にはトルコの国旗がずらっと飾られている。トルコで色んな都市を訪れたけど、どこも国旗が飾られてあってトルコ人の愛国心の高さがわかった!
アーケードを折れると中庭のような場所で、観光客がくつろいでいる。
ここはかつてKoza Han(コザ・ハン)という隊商宿で、中庭を囲むように2階建ての宿泊施設が建てられている。
宿として使われていた部屋のほとんどがショップになっていて、ほぼ全てが絹を素材にした衣類を売っていた。
そういえば、ここもシルクロードの一つだったっけな。
別の道で折れると、ブルサ随一のスポットUlu Cami(ウル・ジャーミー)が現れる。
1399年に完成したモスクで、20個のドーム型天井を持つ独特の建物。でも、それを見ることができず、シンプルな側面を見ながら中へ。
内部はわりとシンプルで装飾も少ない。特徴的と言えば柱と壁面に描かれているヴァーヴという碑文と20あるドームから降り注ぐ光。そして…
噴水!
外部にあるのはこれまでよく見かけたけど、内部で見たのは初めて!違和感しかない!!
もちろん、これはただの噴水ではなくて身を清めるための噴水。噴水の回りには椅子が置かれていて、そこで足を洗ったりするそう。
これは、ブルサの街並みを一望できるトプハネ公園内にある霊廟。
オスマン帝国の二代目君主(スルタン)であるオルハン・ガーズィーの霊廟で、一つだけ際立って大きいのが彼の墓。
他の墓も繊細な装飾が施された棺だけど、彼の墓は財宝でも入ってるんじゃないかって思うくらい豪華!!
そしてブルサを一望。建物の色や高さに統一感があって、これがオスマン帝国発祥の地かとにわかに思ってみる。
近くにいた高校生によると、手前にあるのはいかがわしい店だとのこと。
日が暮れるまで高校生と語らう。おすすめのハマム(浴場)を聞いたり彼女にいるのか聞いたり…笑
いつ見ても夜景はキレイだ!!
想像以上に奥まで光が灯っていて、ブルサって結構都会なんだなと思った。そして展望台に乗らなくても、無料で町を一望できる場所があるのはホントに魅力的!
翌朝、Yeşil Türbe(イェシェル・テュルベ)という別のスルタンの霊廟や
1422年に建てられたIrgandi(イルガンディ)という橋を訪れたけど、ジュマルクズクへ行く予定があったのでサラッと見て終了。
ただの寝坊です…
ジュマルクズク
翌朝、ブルサ市街地を散歩した後にジュマルクズクへ向かうことに。市街地からは10km以上距離があるのでトラムで移動!支払いはICカードでしたので、料金はよくわからない…
このトラム駅で下車。
駅から出てすぐに古民家の街並みが広がっていると思ったけど、普通の景色。
もう少し入り組んだところにあるんだろう、と思って先に進もうとするが北か南かどっちがわからない。誰かに聞けばよかったけど、勘で南に向かう。
結果、これは正解だった!!笑
結構奥まで進んだけど、一向に景色は変わらない。なので、ピザ屋の店員に尋ねる。
- ボ「ジュマルクズクってどこにあるの?」
- ピ「もっと奥にあるよ。みんなバスに乗って行ってるよ」
- ボ「(遠いのか…)どんなバス?」
- ピ「あれだ!今道路を通っている青いやつ!」
そういえば、何度も横を通り過ぎていたな。
というわけで、道路で手を挙げてそのローカルバスを呼ぶ。ジュマルクズクまでは4km程度しかないけど、住宅地を回りながら進むので20分くらいかかる。バス代は2リラ(約40円)。
村の入り口で下車。
小さい村なので1時間程度でまわることができる。
景色が一変。傾斜のある石畳の道に沿って古民家が立っている!
こんな建物は初めて見た!!
一階部分は石造、二・三階部分は木造。日干し煉瓦も使われているかな。
さらに特徴的なのが二・三階部分のカラフルな外観!最初は青色が多かったけど、坂を上るにつれて黄色や緑、水色など様々な色が現れてきて、次の小道を歩くのがワクワクする感じ!
でも、奥の方へ行くと保全されていない民家や使われていない民家がちらほら。塗装されていなかったり素材剥き出しの民家があったり。
さすがに700年以上も歴史のある古民家を管理するのは難しいんだろうな。
一時間半程度の滞在だったけど、ブルサの街並みとのギャップを感じながら散歩感覚で楽しめました!
時間が迫ってきているので、フェリー乗り場へ向かうことに。
フェリー乗り遅れにつき、追加支払い
ジュマルクズクでの観光を終え、ローカルバスに乗ってトラムの駅に着く直前にカメラがないことに気づいた。マズい。すぐにジュマルクズク行きのローカルバスに乗って、ジュース飲んで休憩していた場所に行ってみると、ない。
その時、横からジュース屋のお姉さん話しかけに来て、ボクにカメラを差し出してきた。
よかった…!
アルゼンチンで一度スリに遭ってるので、二度目はしんどいと思っていたけど無事で本当によかった!!ありがとうございました!
おかげでフェリーに乗る時間がなくなった。
急いで行きと同じルートでフェリー乗り場まで向かったけど、到着した時には16時5分。出航は16時。
一応近くにいた従業員の女性に尋ねてみる。
- ボ「フェリー出ましたよね?」
- 従「はいさっき」
- ボ「Yenikapi行きのチケット持ってるんですけど、次の便でも使えますか?」
- 従「使えません。また新たにチケットを買ってください」
- ボ「チケットの払い戻しとかできないですよね?笑」
- 従「できません」
冷たっ!そんなハッキリと言わんでもいいやん!って思ったけど、自分が100%悪いので仕方がない。
ということで18時発のフェリーチケットを49リラ(約920円)で購入し、イスタンブールへ戻りました!
ではまた!
【トルコ】旅人と再会した小さな町はセカンドハウスにもハネムーンにもおすすめ!
こんばんは、DAIです!
簡単に説明すると、
(To put it simply,)
キルギスで会ったトルコ人と再会!
(I met Turkish who I met him in Kyrgyzstan again!!)
のどかで海もきれいだった。住みたい!
(Town where he lives in was quiet and the sea was really beautiful. I wanna live there!)
2019年9月28日(日本時間より6時間遅れ)にセルチュクからクシャダスを経由し、グゼルツァムリという小さな町へ到着。
旅中に出会った人と再会するためにやってきました!
旅人との再会まで
旅をしていると、一度どこかで出会った旅人と再会することがある。
- 連絡を取り合わず偶然に再会
- 連絡を取り合って再会
おそらくこの2通り。
道端とかスーパーとか地下鉄のホームとかで、偶然の再会を果たす旅人は意外と多いらしい。ボクは半年以上旅をしているけど、まだその経験はない。
また、連絡先を交換して後にお互いの現在地を確認しても、距離が離れていたりタイミングが合わなかったりで再会までに至らなかった。
でもついにその時がやってきました!!!
キルギスで会ったトルコ人で、同じ宿に泊まっていた。その時は5分くらいしか話してないけど、トルコに来ることがあったらしてとのことで連絡先を交換した。そして、トルコにいるから会おうと連絡したら快く受け入れてくれて、更に家に招待してくれました!
旅の醍醐味ですね。
そして念願の再会
トルコ人の名前はムスタファ。
彼の家がある場所は、トルコ西部にあるクシャダス地区に属しているGüzelçamlı(グゼルツァムリ)という小さな町。聞いたこともない町でカタカナ表記が合ってるのかもわからない…
待ち合わせ場所のマーケットに到着。しかし、彼はまだ来ていないのでエーゲ海を散歩。
カスピ海とか黒海とか、これまで色んな海を見てきたなと旅を振り返る。一年前はここまで来るなんて考えもしなかったし、こうやって旅をしているのがたまに信じられない。でも1つ言えるのが、仕事を辞めて旅に出たことはホントに間違いではなかったこと。
…一向に来ない!!笑
Wifiがないので、マーケットのおじいちゃんに彼の電話番号を伝え、電話をかけてもらうことに。話を聞くと、どうやら別のマーケットにいたらしい…
もう少し時間がかかるっぽかったので、サンセットの海を見に行く。いつ見ても海越しのサンセットはキレイだな…
その後、マーケットで運命の再会!!ほんの少ししか話してないけど、旅の再会ってなんか感慨深い。縁を感じた瞬間でした!
人生初の外国人宅へ
これまでの旅はずっとホステルに宿泊していたので、外国人宅に泊まるのは初めて。というか、人生で初めての経験!!
ムスタファは両親と暮らしていて、両親にもご挨拶。彼らはトルコ語しか話せなかったけど、ムスタファが通訳してくれたので何とか会話ができた。
結局、ムスタファ家には3日間泊まらせてもらって、朝夕はお母さんの料理を堪能!
トルコの主食はご飯ではなくパン。おかずをそのまま食べたりパンにディップしたりして食べるんだそう。色んな料理を出していただいて、偏っていた食事習慣からおさらば!どれも美味しく頂きました!ホントにありがとう!!
朝はパンを主食として、オリーブ、トマト、ゆで卵、チーズ、きゅうりなど。
トルコで宿泊していたホステルの朝食も大体似たような内容だったので、これがトルコの朝食なんだと実感。そう考えると、会社員時代の朝食はおにぎり一個と味気なかったな…
ちなみにムスタファはまだ寝てます!笑
ムスタファの両親は70歳前後で、仕事もすでにリタイアしている。昼間は近所の人と井戸端会議したり買い物したりと、日本人高齢者と似たような日々を送っているんだそう。
夜にはお父さんがベランダで一心不乱にクルミを割っていた。何回かクルミ割りを挑戦させてもらったけど意外と難しく、途中から作業を投げてお父さんのクルミ割り鑑賞。そして食べる。
グゼルツァムリの街並み
観光業はクシャダスに持って行かれている感があって、グゼルツァムリへはあまり観光客がやって来ない。けど、グゼルツァムリでは長閑な生活を送ることができるので、セカンドハウス目的でやってくる人も多い。
大きな建物もなく、見晴らしが良いのもこの町の醍醐味だ!とムスタファは語る。
エーゲ海沿いにはビーチが広がっている。さらには自転車専用レーンもあってサイクリングができるので、ムスタファに自転車を借りて海沿いの景色を楽しむ。サドルが高すぎてお尻が壊れてしまったけど…
海のそばにはマンションや商業施設がないので、混雑もしないし建物の圧迫感がないのが良い!あってもレストランくらいで、イスラム圏だけどビールを飲めるのがこれまた良い!!
治安は悪くなく、野良犬に注意するだけでOK。夜でも散歩できる。
そして町のサッカー観戦。アマチュアの試合だけど選手もサポーターも熱気がスゴい。良いプレイをすれば褒めるし、悪いプレイをしたら海にまで届くんじゃないかってくらい怒号を浴びせる。
ちなみに、ムスタファは登山家で作家で少年サッカークラブのコーチでもある。キルギスで会ったときは登山をしに来ていて、現在は登山を経験を本するため、自宅で執筆中。
そんな生活してみたい…
グゼルツァムリに良いところは、海だけじゃなく国立公園もあること。しかも徒歩圏内!!
トルコのアンタルヤという都市もリゾート地らしいけど、個人的には人口が少なくて自然が多いところの方が好きだな。何ならここに住みたいくらい。
キレイな海で魚釣りをしている高齢カップルの後ろ姿からは、のどかな雰囲気しか漂ってこない。
国立公園内にある海で談笑している姿からは、のどかな雰囲気しか漂ってこない。
なんじゃこの楽しみ方は?!
おそらく観光客かセカンドハウスを所有している人だと思うけど、いつかこんな暮らしをしてみたい。野望ではなくただの嘆願!笑
山や海でのアクティビティはなさそうだったけど、のんびり過ごすならハネムーンでもありかな。あ、ボクのことではなくて他の方にとってです!笑
最近、せかせかと移動と観光を繰り返していていたので久々にのんびりできました!ありがとう、ムスタファ。またどこかで会おう!
ではまた!
【トルコ】世界七不思議の1つを見つけに古代遺跡エフェソスへ行ってきたが…
こんばんは、DAIです!
簡単に説明すると、
(To put it simply,)
トルコ西部に位置しているエフェソスへ
(To Epfesus is located in Western Turkey)
世界七不思議の1つを探し求めたけど…
(I searched for one of the seven wonders of the world, but...)
2019年9月27日(日本時間より6時間遅れ)にデニズリから約4時間かけて西部の町セルチュクへ。バスは前日にデニズリのバスターミナルで予約済み。バス代は43リラ(約820円)。※2019.09.27の為替レート
一緒に行動していたパキスタン人のウマルはイスタンブールへ行ってしまったので、ここからまた1人。
デニズリからセルチュクの行き方
出発地はデニズリのバスターミナル。デニズリは絶景温泉が見れる町パムッカレの隣町。
バスの時間まで特にすることもなかったので、バスターミナルにあるWifiをカフェの店員に教えてもらい、4~5時間そこで時間つぶし。
定刻通り、17時半にバスは出発。
セルチュクのバスターミナルへは3時間後の20時半に着く予定だった。
しかし、その道中でバスが故障したので近くのバスターミナルで修理。外に出された乗客は暑い中、その様子をジーっと見守る。意外と時間がかかってウンザリしかけたけど、何とか再出発でき、セルチュクに到着した時は21時半だった。
セルチュク近くの古代都市エフェソスへ
セルチュクのバスターンミナルからエフェソスの入り口までは約3km。ホステルからもそんなに遠くなかったので、翌28日に歩いて向かうことに。
エフェソスは紀元前より栄えていた古代都市で、世界遺産に登録されている。
エフェソスについて少し調べてみたら、興味をさらに引き立てるようなワードが!それは…
- 世界七不思議の1つがある
- 古代の世界三大図書館がある
- 聖母マリアがここで過ごしたことがある
見ってみたくなってきた!!
ということで、これらを見つけることを必須としてエフェソスへ行ってきました!!これで、訪れた世界遺産の数は60件目!!
目標まであと40件!!
世界遺産の基本情報
登録基準の詳細はこちらをご参考ください
古代都市エフェソス(Ephesus)
10時半にエフェソスの入り口付近に到着。
先へ進むとショップやレストランなどがある。観光地で飲み物や食べ物を買うと高いとわかっていたので、事前に持参。お店の勧誘をスルーして、その先にある入場口へ向かう。
入場料は72リラ(約1,370円)と気持ち高め…
入場してすぐに、京都かどこか風情のある場所で見かけそうな道がある。歩き進めていくと、木々のすき間から遺跡がチラチラ見えてくる。
ヘレニズム時代、ローマ時代、ビザンチン時代のエフェソスについての紹介文は、かなり長かったのでスルー。
左側には体育館の遺跡。劇場もあるらしいけど、体育館とは用途は違うのかな。
それとも学生時代の時みたいに雨の日は体育館、晴れの日は劇場とかだったりして。それはさすがにないか!笑
右側には放置されているかのように墓が散在している。墓は石でできていて、装飾は側面にだけ描かれている程度。
奥には劇場が見えるけど、先に聖母マリア教会を見るために右にある道を進んでいく。
聖母マリアの教会。
大きさは30m×145mと長方形。当初は司教座教会として使われていたけど、431年に3ヶ所目の全キリスト教会の会議所(神の母としてのマリア)として有名になったという。
7世紀に司教座教会は別の場所に移動したが、聖母マリア教会はここに残され、中世まで使われ続けたそう。
建物のほとんどは原形を留めていないけど、幾つかの柱は今もなお立ったまま。
聖母マリアが晩年過ごしたとされる場所は、この近くではなく山の中にあるらしい。行きたかったけど、別の町へ向かう予定があるので、結局ここへは行くことができなかった…
来た道を戻って、別の道を進むと左側に見えてくるのが大劇場。
紀元前のヘレニズム時代からあったらしく、ローマ時代に何度か再建された。117年のトラヤヌス皇帝の時代に完成されているが、現在、一部工事中。
大劇場の収容人数は約25,000人と、パムッカレにあった劇場と比べるとかなり多い(パムッカレは約15,000人)。
あと、パムッカレの劇場と違ってステージ近くの階段まわりを歩いて良いので、より臨場感を感じられる!
この辺りから観光客も増えてきて、少し賑やかになる。
反対方面から来る人も多い。観光し終わったのかな、それとも入場口が別にあるのかな…
野生のイグアナと遭遇しながら先を進む。自分が思った以上にエフェソスは広くて、少しずつ疲労がたまっていく。そして暑い…
そして、エフェソスで一番の目玉セルシウス図書館!
図書館は110年に建てられるも、270年の地震によって崩壊。その時は修復はしなかったけど、1970年~1978年に修復工事がなされて現在の姿になったとのこと。
見ての通り蔵書は全くない。処分されたのか、それとも誰かに持って行かれたのか…
窪地になっているところに書籍が保管されていたのかな。現在はそこにプレートが張り付けてあって、構造や施工方法などの紹介がされていた。全部は見てないので、さらに良い情報があったかも…
次の場所へ向かう途中、急に足首辺りに激痛が走る。そして痛みに耐えきれずヒザから崩れ落ちる。何やら近くでブンブンと飛び回っている…
ハチに刺された…!
時間がたつにつれてどんどん足が腫れていく。
このハチは毒を持ってるんかな、ひとまず病院に行くべきなんかな、それとももう少し様子を見るか。色んなことを考えた結果、再開することにしたけど、テンションがめっちゃ下がってしまってこの後は何がどの遺跡なのか全く理解できず…笑
図書館だけが修復されているので、そこだけ異様に保存状態が良いように残っている。
この辺りが中心部のようで、家屋や浴場、小さな神殿などの遺跡があった。他の観光客と譲り合いながら色々見ていく。
トラヤヌス皇帝(ローマ帝国の皇帝)に捧げられたトラヤヌスの泉。紀元前2世紀に建てられたもので、当初の高さは9.5m。
中を覗いてみたけど、泉らしきものは残っていなかった。今も水が流れているという情報を持っていたけど、この暑さで乾ききったのかも…
住居遺跡。今はどこが何の部屋か分からないけど、図面を見てみるとかなり細かく間仕切りがされていたのが分かる。
TERRACE HOUSE 1とTERRACE HOUSE 2という2つの集合住宅があったよう。TERRACE HOUSEと聞いて日本のTERRACE HOUSEを思い浮かべようとしたけど、そういえば見たことないんだった。昔でいう、あいのりみたいなものなのかな。
ストア派(ヘレニズム時代の学派)のためのバシリカ。紀元前11年に建てられたけど、現在は損傷した身廊と柱しか残っていない。
なんかここだけ床がキレイな感じがして違和感。もっと遺跡の破片があってもおかいくないのに、撤去されたのかも。
バシリカのそばにはミニ劇場もある。
でもこんな近くにバシリカと劇場があるのが不思議な感じなので、もしかしたら劇場じゃなくてバシリカの一部なのかもしれない。
この周辺に別の玄関口を発見!
ということは、一通り回ったってことになるけど世界七不思議の1つに選ばれているアルテミス神殿をまだ見ていない。大目玉なのに。
足が痺れてきたので、その神殿を見てホステルに戻ろうと思い近くにいた人に神殿の場所を尋ねると…
「残ってないよ」
「残ってないよ?」
どうやら、遺構さえもほとんど残っていないようで面影さえも感じることができないらしい。
…終了です!
もう少し歩きたかったけど、今日は予定も足もパンパンで気持ちも折れてるし暑いしですぐにホステルへ戻ってしまいました!笑
ではまた!
【トルコ】ローマ帝国時代のテルマエが残っているパムッカレ!でも来る時期を間違えたかも…
こんばんは、DAIです!
簡単に説明すると、
(To put it simply,)
石灰石で創られた自然景観とローマ帝国時代の遺跡が残っているパムッカレへ
(I visited Pamukkale that natural scenery is made from the limestone and the the ruins of Roman Empire remain)
個人的な意見ですが、行ってみてガッカリ。
(Personally, I was pretty disappointed)
2019年9月25日(日本時間より6時間遅れ)の20時にギョレメを出発し、約10時間かけてパムッカレに到着。パムッカレ行きのバスはバスターミナルに行って前日予約済み。バス代は110リラ(約2,100円)。※2019.09.25の為替レート
カッパドキアに並ぶ観光地パムッカレ
トルコ西部に位置するパムッカレ。昔、このあたりが綿花の生産地であったことから、町の名前がパムッカレ(=綿の宮殿)となっている。
しかし、多くの観光客を魅了するのは綿ではなくて…
温泉が湧き出る石灰石の岩棚のはず!
テーマパークのような雰囲気もあるけど、これはれっきとした自然景観!しかもその規模は高さ200mとかなり大きく、ビルの高さで言うとだいたい67階に相当する(単純計算ですけど)!
さらに細かく言うと、
- 雨水が地下水になり、それが地熱で温められて温泉として湧き出る
- ローマ帝国の保養地として栄えた
- ローマ帝国時代の遺跡がある
2世紀に温泉が湧き出ていることを知ったローマ帝国は、紀元前に建設されたこのヒエラポリス(聖なる都市)を支配して帝国の保養地として定めたんだとか。屋外版のテルマエって感じ!
しかし、ローマ帝国の支配下にあった町も1354年の地震で崩壊してしまって、現在は遺跡として幾つかの建造物があるだけ。
この景観と歴史的側面がパムッカレ(ヒエラポリス)として世界遺産に登録されていて、今回はこれを見に行きました!
そして、ボクが訪れた世界遺産の数がこれで59件目!!
世界遺産の基本情報
登録基準の詳細はこちらをご参考ください
パムッカレの入場時間
カッパドキアで同じ宿に泊まっていたパキスタン人のウマルと同じバスに乗っていたので、一緒に行動することに。
6時過ぎにパムッカレにあるMetroバス会社前に到着。そこからパムッカレまでは近かったので、少し休憩してから歩いて向かうことに。
しかし、7時半にパムッカレの入場口まで行ってみると「入場は8時から」と言われたので、それまで入場口の前で待機。
定刻にチケットを購入して入場。料金は60リラ(約1,140円)。
テルマエの絶景を期待していたけど…
入場してすぐに裸足になる。
石灰岩の上を歩くときは、裸足にならないといけないらしい。見た目が白いから冷たいのかと思ってたけど、むしろ温かかった。そうだ、ここは温泉地だった!
水分があるところは多少滑る。そして凸凹の地面を歩くと少し痛い…
天気が良くないのもあるけど、全体的にしょぼく見える…
棚田のような形状の石灰岩はあるけど、ネットとかで見たような湯が張っている景観はまだ見つからない。まだスタートしたばっかりだし、もう少し後になって見えてくるのかな…
その時が待ち遠しい!!
帰り道も同じ道を通ったので同時にアップします。
上の方から溝を通って温水が流れていて、ここで足湯気分を味わうことができる!
久々の足湯!日本に限らず足湯はやっぱり気持ちいいわー、ってほっこりしていたらウマルに「カモーン」と言われてたのですぐに上がる…笑
足湯に入らなくてもこんな楽しみ方があるんだぜ、と言わんばかりにアクロバットな技を披露するカップルも。
単体でもこの破壊力!少しずつ見たかった景色が見えてきた!
ここでローマ人は温泉に浸かって休んでいたのか。現在は景観保全が優先されているらしく入浴できない。ローマ人が羨ましい…!
でも周りの人たちは水着を着ているし、ホントは暗黙の了解で入浴しても良いのかな…
しかし、奥に行くにつれて人混みが激しくなる。
さらに残念なことに、この先には石灰石はなくて靴を履くコーナーが設けられている。ということは、2~3ヶ所水を張っているこの辺りがピークということになる…
え、もう終わり!?
全然満足できてないけど!!笑
これじゃパムッカレの絶景を見に来たというよりも市民プールに来たような感じ。時間が過ぎるにつれて人の数も増えてきたので、もはや市民プールにしか見えなくなってきた。ただでさえ、プールが嫌いなのに…笑
もしかして、シーズンオフなのかも!!?
棚田のような石灰岩はそこら中にあるけど、湯を張っている岩棚は4~5ヶ所くらいしかなかった。それともお湯不足とか!!?
とにかく、これまで訪れた場所の中でトップクラスにガッカリしたことには変わりはない!調べて来ないとこういうことになる…
ローマ帝国時代の遺跡
ショックを引きずりながらローマ帝国時代の遺跡の方へ。切り替え切り替え!!
遺跡は、石灰石で形成された段丘の頂上にあるので行ってみる。
遠くには気球が見える。どうやらカッパドキアと同じくパムッカレでも気球に乗ることができるらしく、カッパドキアと比べると料金もかなり安かった。ちなみに言い値が150€(約18,000円)だった。
遺跡に向かう途中にお土産屋やレストランがあって、その中に温水プールのような公共浴場があった!
これぞテルマエ!!
浴場底に沈んでいるモノはローマ帝国時代の建造物の一部で、みんなそれを利用してくつろいでいる。ジッと見過ぎると、変な目で見られているんじゃないかって思われるので注意です。
変な目では見てないですけど、ボクとウマルは色んな角度から浴場を見学しました笑
そのエリアを抜けると、まるで別の世界に来たんじゃないかと思うくらい風景がガラっと変わる!
ここからは遺跡巡り!
劇場=イタリアかギリシャにしかないって勝手に思い込んでいたので、めっちゃビックリした!そしてでかい!!そして見晴らしが良い!!!
これは3世紀に建設されたとされている円形劇場で、客席は半円しかないけど、それでも約15,000人が収容可能ということにこれまたビックリ!!
劇が盛り上がりすぎて人間がドミノ倒しのようにならないか少し心配。いや、なったことあるに違いない!
遺跡は1つ1つ点在しているのですべて回るのはキツい。バス泊なので体もかなりバキバキ。ということで「全て見て回ることは諦めよう」とウマルに提案すると「グッドアイデアだ」と言ってくれた!笑
劇場から10分くらい坂道を歩くと、何らかの遺跡。
説明文を読むと、これは1世紀頃に建てられた教会の一部で、イエスの12使徒のうちの1人聖フィリポの墓があるらしい。右側には4~5世紀に建てられた洗礼のための浴場が2つあるって書いてあったけど、どれか分からず…
この遺跡は2011年に発掘されたもので、それ機にさらに観光客が増えているんだそう!
少し上へある遺跡も教会で、この地で殉教した聖フィリポのための教会だったと記されている。
途中でタイ人大学生とも合流。
今日は日差しがキツくて、2人に「暑くてしんどい」って言うと、「マジで?こんなん普通じゃん」と嘲笑される。暑い国出身だから二人は大丈夫なのね。
暑さに耐えきれず、上半身裸になって移動する始末。まあ水着で遺跡を回っていたクレイジーな人もいたから大丈夫でしょう!笑
のんびり観光している二人に後で合流することを約束して、先に観光を済ませることに。
その後、ウマルとはパムッカレ行きのバスが停車した場所で合流。タイ人は先に帰ったらしい。
ここに居てもすることがないので、パムッカレの隣町デニズリへ向かって、予約しているホステルで休むことに。時間は分からないけど、Metroバス会社の建物のそばに、デニズリ行きのドルムシュが来るそうなので待機。
14時にドルムシュがやってきたので乗車。料金は4.5リラ(約85円)。
パムッカレの隣町デニズリに宿泊
ドルムシュはデニズリのバスターミナルに到着。
前日にウマルが「安い宿予約してほしい」と言ってきたので、2人分のベッドを予約。トルコには安い宿がほとんどないけど、何とか見つけた!宿の評価はそれほど高くはなかったけど、安いのに越したことはない。
宿泊したFiliz Pansiyonの料金は朝食込みで50リラ(約950円)!
スタッフも親切でベッド・シャワーのクオリティも普通に良かったので、ここはおススメです!
この後、食事を先にするかシャワーを先にするかでウマルと揉めたけど、結果、2人とも熟睡できました!笑
ではまた!
【トルコ】熱気球は飛んでなかったけど、カッパドキアにはあまりにも多くの絶景があった!
こんにちは、DAIです!
簡単に説明すると、
(To put it simply,)
カッパドキアの景色はどこから見ても最高!
(It was wonderful views in Cappadocia no matter what angle i looked at them from)
熱気球が飛んでいる姿を見れなかった
(I could't see the scenery that hot air balloon is flying in the sky cause of one problem)
2019年9月23日(日本時間より6時間遅れ)にギョレメへ向けてサフランボルを出発。トルコは広いから移動だけで半日~1日はとられる…
- サフランボルからギョレメへの行き方
- ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群
- まちなか周辺から探検
- ギョレメ野外博物館(Goreme Open Air Museum)へ
- 幻想的で感動的なフリー探検
- サンセットスポットへ
- 空に熱気球が飛ぶのはいつ?
サフランボルからギョレメへの行き方
- 11:30-14:30/サフランボル(BT)-アンカラ(BT)/40リラ(約750円)
- 15:30-19:30/アンカラ(BT)-ネヴシェヒル(BT)/70リラ(約1,320円)
- ?-22:50/ネヴシェヒル-ギョレメ(BT)/6.5リラ(約120円)
※2019.09.23の為替レート
※BTはバスターミナルの略
ネヴシェヒル-ギョレメは想定外。
ネヴシェヒル(BT)に着いたとき、ギョレメ行きの最終直行バスがなくなったのでヒッチハイクすることに。大通りに出て数十分やってみたけどなかなか上手くいかず、結局ローカルバスが停まってくれた!笑
でもバスは直接ギョレメへは行かず、あるバス停で降ろされ、約1時間後にギョレメ行きのローカルバスに乗り継いだ。
思い通りにはいかないけど、何とかなるもんだ…
ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群
日本では「カッパドキア」で通じるけど、現地ではあまり分かってもらえず「ギョレメ(もしくはゴレム)」と言った方が通じる。
ちなみにこの2つの違いは、
- カッパドキア:地域名
- ギョレメ:町の名
と同じ意味。ただ広さが違ってて、簡単に言うとカッパドキアにギョレメが属してるといったイメージ。
これはボクの偏見ですけど、カッパドキアに対して日本人が持ってるイメージは
- 熱気球からの景色がめっちゃ良い
- 洞窟住居がいっぱいある
だと思う。大学時代に卒業旅行でカッパドキアに行く知り合いがいて、こんなこと言ってたし。当時のボクは、カッパドキアさえも知らない田舎者だったけど…
でも現地に行ってみると、それプラスアルファで
- 有史以前から存在する奇岩がいっぱいある
- 3世紀半ば、迫害を逃れるためにキリスト教徒がやってきた
- キリスト教徒が岩山を掘って修道院や居住地をつくった
スゴくザックリですが、こんな感じでした。
さらにこの一帯は、ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群という名前で世界遺産に登録されていて、その中でも希少価値のある複合遺産というカテゴリに登録されている!
大抵のものは自然遺産か文化遺産として登録されるけど、稀に複合遺産(自然・文化両方の価値を持つ)として登録されることがある。
要は、珍しい場所!!笑
というわけで、今回はギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群を探検してきました!これで訪れた世界遺産の数は58件目!!
写真重視でいきます!
世界遺産の基本情報
登録基準の詳細はこちらをご参考ください
まちなか周辺から探検
23日の夜中にギョレメに到着したので、翌24日の朝から行動!
そういえば、起きた時ほとんどの宿泊客がいなかった。その理由は後から知ることになる…
10時に外出開始!
町の中心は駐車場やらお土産屋、レストランが並んでいる。
昨夜は暗くて見えなかったけど、風化浸食された一枚岩のような奇岩もあって早くもテンション上がる!これが作りものとかだったらショックだけど…
置くには気球が飛んでいる。そういえば、熱気球ってどの時間帯にいっぱい飛ぶんだろう…
少し上から町を見てみると、遠くにキノコのような独特の形をした岩群がそこら中にある!アラジンみたいなファンタジー映画にでてきそうな世界観でずっと興奮しっぱなし!!
ギョレメの前に訪れたサフランボルも絵本の中のような世界観だったし、トルコに来て未知の世界をまざまざと感じてます!
ツアー会社も結構あったな。確かに観光エリアは広いし、車じゃないと苦労するところもあるし。
トルコの観光地に入って中国語の表記を見ることも増えたな。ギョレメでは日本人も韓国人もちらほら見かけたけど、それと比べたら圧倒的に中国人観光客が多いんだろう。
ギョレメ野外博物館(Goreme Open Air Museum)へ
町から徒歩20分のところにあるギョレメ野外博物館(Goreme Open Air Museum)に到着。
入場料が少し高くてどうしようかと迷ったけど、折角ということでチケット購入。入場料は54リラ(約1,020円)。
そして人が多い。
個人客やら団体客やら、おそらく数百人はいる。人混みがあまり好きじゃないので、正直かなり苦痛。入ってしまったことをちょっと後悔…
敷地内には20弱の洞窟教会があって、4~13世紀に渡って描かれたフレスコ画が内部に残っている。遠くから見ると、岩肌にでかいホクロが付いているような感じで洞窟教会の開口がある。
順路はあるみたいだけど、基本自由。人が少ないところを狙って行っても、そこには必ず人がいる…
ちなみに、教会内部はほとんど撮影禁止。各教会に一人は警備員がいて、写真を撮ろうもんならすぐさま注意される。
内部はキリストを始めとした多くのフレスコ画が描かれてたり、赤い線で描かれた十字架や模様があった。一つ一つに少しの説明文があったけど、全部読もうとしたら逆に全部忘れた!
野外博物館から遠くを見ると、住居らしき穴を発見!
ただ、目の前に見える空間同士はつながっていないので、もっと深くまで掘り進められているのが分かる。想像以上に掘るのはしんどかっただろうな…
12時に退場。
幻想的で感動的なフリー探検
野外博物館以降のルートはフリー!
Red Valley(渓谷)とHacli Kilise(洞窟教会)とサンセットポイントを目標にひたすら進む!ただ、詳細の徒歩ルートが地図上に記されていないので、どこを進めばいいか分からない!
スペースがあったら進もう!!
所々に進入禁止の看板があるけど、無いところを進んでいく。
少し道から外れるだけで、この奇妙な景色!!風化浸食の影響で岩が丸みを帯びていて、白い砂を覆いかぶせたかのような柔らかい岩肌をしている。アメリカのグランドサークルを思い出したけど、それとはまったく違う風景。
先へ進むには一旦麓まで下りなきゃいけないが、それを丁寧に教えてくれる場所なんてない。下りれそうなところを見つけて下る!!
下っている時に、名もなき洞窟住居がちょくちょく顔を出す。
赤い線で描かれた模様が少し残ってて、少し損傷の跡がある。ここは迫害から逃れることができなかった場所なのかも…
麓まで下りきった!
上からだと分からなかったけど、結構植物があるのね。進む道は植物の密度の低いところ!短パン小僧は枝やトゲが刺さるのを我慢しながら進んでいく。
これを見た瞬間、【127時間】という映画を思い出した。
自由気ままにトレッキングをしている登山家の話で、この映画は実話。トレッキングの途中で落石事故に巻き込まれて、助かるために自分で右腕を切断したという話。
不吉な予感はするけど、なんかサバイバル感が出てきた!!
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カッパドキアをサバイバル感覚で歩いてみた【Cappadocia】
渓谷にはさまれながら細道を越えていくと、もはやこの世のものとは思えない奇妙な景色が待っていた!!
正面を見ると、逆さまの氷柱のように、そこだけ地面が隆起したかのように奇岩が立っていて、横を見ると、恐竜の大足のような形をしている岩が掘られて、キリスト教徒の住処となっている。
すんごい所に来てしまった感…!!
ちょっと大袈裟だけど、なんかもう見えてくるもの全てが絶景を通り越して摩訶不思議な空間!
映画のワンシーンみたい!この雲とか絶対にUFOでしょ!!笑
そしてまた道は細くなっていき、下った分上っていく。
上った先には、別のダンジョンにジャンプしたかのように景色がガラっと変わる。
さっきまでは岩肌が白っぽかったけど、遠くに見える景色は赤みがかっていて、これはグランドキャニオンに若干似たところを感じる!
一旦道を戻って、ようやくRose Valleyを目指す。
14時20分。
Rose Valleyを示す看板があったけど、近くにあった売店のお兄さん曰く、この先は立ち入り禁止なんだそう。なので別ルートを教えてもらって、そっちから行くことに。
だが、そんなルートは見つからない。Map.meだと、Rose Valleyはこの巨大マイタケみたいな奇岩群の先にあるらしいが、それを超えるのは不可能だった。
そもそもRose Valleyが何か分からなかったので諦める。絶景なら今日だけめっちゃ見てるし、特に後悔はなし!
ということで、次なる目的地Hacli kiliseに向かう。
向かっている途中にトルコ人4人組と合流し、話しながら進むとあっという間にHacli kilise到着!16時20分。
特に警備員もいないので自由に入れる。
フレスコ画が壁一面にあるわけではないけど、内部には鮮やかな色合いのフレスコ画が残っていて、そこにはイエスも健在している。カッパドキアエリアでは保存状態の高いほうだった。
リビングのような広い空間もあった。がむしゃらに掘っていくんじゃなくて、構造とかを考慮して柱のように岩を残しているのがスゴい。
奥にベッドらしきものがある。管理人か誰かが時々ここで寝るんかな…
サンセットスポットへ
教会のそばにある休憩所で長めの休憩。
17時50分。日が沈み始めてきたので、トルコ人4人組と一緒にサンセットスポットへ向けて出発!
サンセットスポットは車でも行ける場所にあるので、多くの観光客が遠くから見えた。そこまで行かなくても夕日は見えたので近くの渓谷から眺めることに。
18時10分。サンセットスポットに到着。
今日はなんだか密の濃い一日だったな。絶景も理解できない奇岩も見ることができたし、もっとトレッキング重視でカッパドキアに来ればよかったと思う。
そして、トレッキングと言えばお馴染みの犬!
いつの間にか一緒にトレッキングしていた。犬も大人しく夕日鑑賞。
正直、サンセットが特別きれいだったわけじゃないけど、特別な一日だけあって神秘的だった。
そして夜。光のある方へ帰ります。
ギョレメ市街地までは約5kmあるけど、トルコ人がサンセットスポット近くの駐車場に車を置いているらしく、最終的にその車に乗せてもらってホステルへ!ありがとう!!
空に熱気球が飛ぶのはいつ?
一緒に行動したトルコ人によると、熱気球が飛ぶ時間帯はサンライズのときだそう。
あぁ、だから今朝起きたらみんないなかったんだ、納得!!
だったら明日の朝に早起きして熱気球が飛ぶ景色を見に行こうかと思ったけど、その辺にいた韓国人によると「明日と明後日は天気が悪いから気球は飛ばないらしいよ、みんな予約キャンセルしてるし」とのこと。
情報を知らないとこういうことになる…
そして、翌日は雨…
別のエリアを探検するつもりだったけど、それも止め。ホステルでのんびりしたりバスターミナルでバスの予約をしたりと、昨日と打って変わってゆったりとした一日を過ごすことに。
もし、カッパドキアに旅行に行くなら天気の確認は必須です!あと情報によると、この時期の気球ツアーの料金は300€(約36,000円)と相当高いので注意です!
ではまた!
【トルコ】トルコ式古民家が建ち並ぶサフランボル旧市街は、まるで絵本の世界のような町並みだった!
こんばんは、DAIです!
簡単に説明すると、
(To put it simply,)
トルコ北部の町サフランボルへ
(To Safranbolu, a town that is in the north of Turkey)
町には古き良き木造建築が立ち並んでいる
(The street consists of wooden architecture)
2019年9月21日(日本時間より6時間遅れ)の18時にトラブゾンを出発し、翌22日の8時前に北部の町サフランボル到着。バス代は120リラ(約2,250円)。※2019.09.22の為替レート
長距離移動は歳を重ねるごとにしんどくなっていく。昔はもっとピンピンしていたハズなのにな…
古民家あふれる町サフランボル
サフランボルについて簡単に言うと、
- 紀元前から交易の町・シルクロードの中継地として栄えていた
- サフランボルという名は、香料料サフランの産地だったことが由来
- 17世紀のオスマン帝国時代が最盛期で、多くの木造建築が建てられた
- 19世紀の鉄道普及に伴い、町は衰退していく
しかし、当時を物語るオスマン・トルコ時代の町並みは健在!この点が評価されて、世界遺産に登録されることとなった。
今回はそのノスタルジックな雰囲気を感じさせるサフランボルについて紹介します!
ちなみに、これで訪れた世界遺産の数は57件となりました!
世界遺産の基本情報
登録基準の詳細はこちらをご参考ください
バスターミナルから旧市街へ
バスターミナル到着後、翌日のアンカラ行きのバスチケットを事前予約。旧市街までは約2.5kmとさほど遠くないので、眠気覚ましも兼ねて歩いて向かうことに。
右に見えるバスターミナルはサフランボルの町並みに寄せて作った感じ。でもこの辺りではまだ当時の雰囲気が伝わってこない。
でも途中から整備された道路もどこかへ消えて、古民家がちらほら現れてくる。確かに道は合ってるけど、どこかに知らない世界に迷い込んだような印象を受ける。
遠くから聞こえるドスの利いた犬の吠え声は、よく知ってる世界と全く変わらないけど…笑
そんなことばかり考えていると、いつの間にか雰囲気がガラっと変わっていた。車一台分が通れる道、細い道が増え、地面には石畳が敷かれている。
木造建築で町並みが作られているからか、場所によってはトルコの古民家というより江戸っぽく見えてくる。忍者とか出てきそうって発想は寝ぼけているからか、それとも知性がないからか。どちらにしてもヒドいもんやな…
木造建築が建ち並ぶ旧市街
店も開き始めているけど、まだ9時半なので人通りは少ない。
17世紀に作られたCichi Hanというキャラバンサライ(隊商宿)。
交易地として栄えていたのもあって、旧市街には幾つかキャラバンサライが残っているそう。1階にレストラン、2階には小さな部屋が並んでいる。今でもキャラバンサライに泊まれるって聞いたけど、この2階のことかな。一般解放されてないし。
掃除のおばちゃんが更に上に行ける道を教えてくれたので行ってみる。
めっちゃ良い雰囲気やんか!!
階段を上った先からは、同系色の屋根色が建ち並ぶ古民家を間近で見ることができる。屋根色に気を取られていたけど、白塗りの壁に多くの開口窓があるのも特徴的だった。
この前に訪れたトラブゾンも良かったけど、田舎育ちが長かったからかサフランボルみたいな古民家のある町も好きだな、暖かみのある雰囲気だし。地元は古民家が建ち並ぶほど田舎ではないけど…
キャラバンサライからも見えてたİzzet Pasha Mosqueというモスク。18世紀末に建てられたもので、14世紀からあるもの比べると比較的新しい。
内部の装飾は落ち着いた感じで、窓から入る光が印象的。これまで見たモスクってこんなに窓あったっけ、って思うくらい窓に目がいく。
当時の生活風景を再現した博物館もある。これはKaymakamlar Gezi Eviという博物館で、19世紀初頭に民家として建てられたものを一般公開している。入場料は5リラ(約100円)。
男女が関わることが許されないみたいな規律があって、部屋も男女で分けられていた。
ドアから食事を運ぶこともできなかったので、キッチンにある回転式の棚に食事を置いて「はいどうぞ」って感じで提供したそう。
同じ屋根の下で暮らしているとは思えないしきたりに少し引いたけど、オスマン帝国時代はこれが普通だったんだろうな。
少し小高い丘へ行ってみると、黄色い外観をした歴史博物館がある。
博物館の裏側には、時計台やミニチュアの建物が置かれている遊歩道みたいなのがあった。時計台から町を一望したかったけど、鍵が閉まってて入れず。
丘の上からでも十分に町を一望できる!
こうやって見ると、現実世界では見たことのないような町並みで絵本の世界に紛れ込んだかのよう。懐かしささえ感じる。
古民家は基本3階建てで、
- 1階:石造
- 2・3階:木造
となっている。2・3階は居住空間らしく、かつての家屋はゲストルームとして利用されていたそう。
昼には多くの観光客で賑わっていた。その中でも中国人割合が高くてビックリした、詳しいなー!
日本人観光客はいなかったけど、サフランボル郊外に住んでる日本人女性には会った。「夜にこの辺りで地元の楽器を演奏してるから来てね」って教えてもらったけど、すみません夜は力尽きました。
20時頃になると、店も閉まり始める。
夜景を取りに丘まで行きたかったけど、犬と出会いたくない思いの方が圧倒的に強かったのでホテルから見える景色で妥協する。
ホテルでの最高のおもてなし
できるだけ安い宿を探したけど、それでも高くなる。ボクが泊まったGunes Vip Kowak Otelの宿泊費は朝食込みで80リラ(約1,500円)。
けど、ここに泊まってホントに良かった!
写真はないけど、通された部屋はキングサイズベッドとシャワー室のある個室だった。そして、ホテルからでも綺麗な夜景が見れるのでちょっとだけ贅沢な雰囲気を味わえた!!
当初は行こうかどうか迷ったけど、サフランボルに来てホントに良かったって心の底から思えた。アンカラから約3時間で行けるので、是非立ち寄ってほしい場所です。
翌朝にハマム(トルコ式の浴場)に行こうと思ってたけど、まさかの寝坊!断念!!
それでも朝食のクオリティが高く、のんびりとした朝を迎えられたのでそれはそれで満足。ボクのためだけの朝食なのに、キレイに並べられていて、さらにこれからオーナーがオムレツを作ってくれるそう。横にはコーヒー、ジュース、牛乳もあって至れり尽くせり状態!
さらには「バスの時間は何時だい?バスターミナルまで送ってあげるよ」とオーナーが爽やかな笑顔で伝える。
とんでもないおもてなし!!!
ここまでもてなされて、部屋も居心地よかったから1500円がめっちゃ安く感じてきた。何から何までホントにありがとうございました!!
というわけで、車でバスターミナルまで送ってもらい。トルコ第二の都市アンカラへ出発。
ではまた!